ニンニクの日本一の産地は青森県

ニンニクの日本一の産地は青森県である。全国の生産量のおよそ80%も占めているだけに、ニンニクに関する「日本一」が多数ある。生産量に関する日本一は青森県十和田市。非常に農業が盛んな場所で根菜を中心にたくさんの野菜が生産されている。
その中でもにんにくの大産地なで日本ナンバーワン。

さらに2番目が上北郡天間林村、三番日が三戸郡田子町という順番。

ところが、実際には田子町が「日本一のニンニク産地」として覚えてしまった人も多い。田子町は青森の最南端に位置し、奥羽山脈の山懐にある典型的な山間地である。冬ともなれば、山から吹きつける風と雪のため、農作物はほとんど育たない。冬は炭焼きでもするしかなく、1950年代までは林業と酪農でしのいでいたという過酷で貧しい土地柄であった。

その田子町が県内でいち早くニンニクの生産に乗り出したのは、1962年(昭和37年) のこと。きっかけは石炭から石油の時代を迎えて、それまでの現金収入の道が断たれた。炭焼きの代わりにリンゴを栽培するか、出稼ぎに出るか、町の先行きが危ぶまれる中、田子町の北東にある福地村ではニンニクの栽培が盛んで、それなりに生活の糧となっていることを知ったためである

青森の「福地ホワイト六片」を原料にした「やわたの熟成にんにく卵黄」なども元気がないときの定番商品として多くの方が利用。

福地ホワイト六片種とは、福地村で突然変異によって生まれたもので、特徴は名前の通り、白くて大きな6つの粒になつており、いまでは品質の良さで日本のニンニクの代表的な存在になっているもの。

それまで田子町では畑の脇に自生のにんにくが生えている程度だったのだが、この福地ホワイト六片種を田子町の農家がこぞって栽培した結果、ついに77年には生産量日本一に輝いている。以来、ニンニクを地域おこしの目玉にしてきただけに、町の至るところにそれにまつわるものが目に入る。

例えば橋の欄干にはニンニクをかたどったものが乗っかっているし、街灯のかさがニンニクの形をしていたりとまさに「にんにく県」でもある。

日本一のニンニク生産地として、アメリカのギルロイ、イタリアのモンティセリ、ソサン韓国の瑞山など、世界のニンニク産地と姉妹都市にもなっている。毎年10月には「にんにくとべこまつり」が開催されているも。

ギルロイのガーリッククイーン、たっこガーリックレディーによる「ミス撮影会」、「にんにくつかみ取り大会」など、様々なイベントが行われている。この祭りの会場が大黒森のドームといった具合である。

日本一の産地としてマスコミにも、度々登場。90年には「にんにくラーメン」「にんにくワイン」「にんにく石鹸」「入浴剤(にんにく入り)」などの加工品やお土産などを集めた「ガーリックセンター」がオープン。
ニンニク資料館やニンニクラーメンが売り物のレストラン「ギルロイカフェ」が併設されている。

また、田子町では独自の研究も行っており、例えば1週間にニンニクをたくさん食べるグループと、まったく食べないグループに分かれて、体力を競い合ったり、牛の飼料にニンニクを入れて、風邪を引く率を調査したりしている。結果はもちろん、ニンニク派が圧勝。ニンニク生産量では、田子町は過疎化、生産者の高齢化、中国産ニンニクの輸入量の増加などが重なって、日本一の座を十和田市に譲っているのだが、いまも実質的な日本一として、海外との文化交流、シンポジウムの開催などを通して、ニンニク文化の発信基地として活躍。

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