ニンニクは強壮剤になる

ニンニクは古くから、疲労回復、体力増進、疲労回復といった精力剤、強壮剤として多いに利用されてきた。1911年に、エジプトのエルマハスナにある墓で本物そっくりにできたニンニクの粘土模型が発見されたが、その墓は紀元前3750年ごろ、ファラオの時代よりもはるかに前のものと見られている。

およそ4500年前に建設されたエジプトのシンボルであるピラミッドは、80余りが現存している。その中で最大のものがクフ王のピラミッドである。
このクフ王のピラミッドを訪ねたギリシャの歴史家・ヘロドトスは、ピラミッドの内部から建設に従事した奴隷たちが体力維持をはかるために用いた野生のニンニクやタマネギの総量が象形文字で記されているのを発見した。

それによれば、奴隷たちは1日、当時の単位で銀にして16000タラントのニンニクやタマネギを消費していたという。古代ギリシャの首都・アテネでもニンニクは健康と活力を与えてくれる食品として、料理にもふんだんに使われていた。ソクラテス、プラトンと並ぶギリサヤの哲学者アリストテレスは「ニンニクは強壮剤だ」といっている。

古代ギリシャと同様、古代ローマでも兵士に力を与える食品として高く評価されていた。日本では匂いが嫌われ、なかなか「市民権」を得るには至らなかったが、精力剤としても、その強壮効果は知られていた。

その昔、なぜ、ニンニクが禁止されたのか。あの匂いが迷惑になることもあるが、実際にはニンニクの持つ強壮効果が知られていたため、修行者には煩悩を呼び起こし、修行の妨げになるとされたためであろう。
だからこそ、ニンニクは漢字で「大蒜」、「萌」のほかに「忍辱」とも書くのである。忍辱とは仏教用語で、梵語・クシヤーンティの訳で、六波羅蜜と呼ばれる6つの修行の中の1つで、それはほかからいかなる苦痛や侮辱を与えられても耐え忍ぶというものだ。多くの仏教者、修行僧たちはニンニクの持つパワーを知っていたからこそ、酒同様、禁を犯してでも食べたかったのではないだろうか。

しかし、修行の身としては我慢せざるを得なかったのが、ニンニク(忍辱) だったのである。

This entry was posted in 強壮.