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ニンニクの臭い消しにハーブの消臭効果を利用する

懸案の臭いですが、ニンニクの匂いの消し方にはいろいろある。いちばん手軽なところでは、食後にリンゴを4分の1個食べるという古くからの方法。がハーブの力を借りて開発した「ハーブにんにく」もわかりやすい。

もともとハーブはヨーロッパで病気の予防や治療、美容、あるいは料理やお茶、香りを楽しむなど、様々な形で使われてきた。最近は日本でもブームになっている。ハーブの多くは香りが強いことから、感覚的消臭作用があるほか、一部のハーブには匂いの成分と結合し、匂いの発生そのものを抑制する化学的消臭効果もある。

「ハーブにんにく」は、この感覚的消臭効果と化学的消臭効果の2つの作用を持つハーブを組み合わせたエキスをつくることによって、画期的な消臭効果を実現。この特殊な混合ハーブエキスにニンニクを漬け込む独自の処理方法によって、食後の匂いを気にしなくていい。同社のパンフレットによれば「不思議でとってもエチケットな」食後消臭ニンニクを完成させたわけである。

これまでの無臭ニンニクは食前からニンニク特有の匂いを消したものが多かったが、ニンニクは特有の匂いがあってこそ、食欲がそそられるものだ。「ハーブにんにく」のポイントはニンニク特有の風味を損なわず、栄養分を残したまま匂いを消す方法を開発したことであった。

長野県長谷村の村おこし

青森県とは別に、ニンニクの有効成分スコリヂニンを使った健康飲料を地域おこしに役立てようとしているのが、長野県上伊那郡長谷村を舞台にしたユニークな試みである。長谷村は南アルブスの玄関口に当たる山懐に位置する。近くに分杭峠があり、日本最古の断層といわれる中央構造線が走っていることから、地質構造的に特殊な場所として有名である。

中央構造線は九州から四国の四万十帯から紀伊半島を経て、愛知県豊川から南アルプス・赤石山系を北上し、諏訪湖周辺で、フォッサマグナによって分断され、東へ方向を変えて鹿島灘へと列島を縦断する日本の代表的な大断層帯。
この中央構造線は西南日本の北側を内帯、南の太平洋側を外帯と呼び、長谷村はこの内帯と外帯を包含する地質構造のため、あちこちに断層の露呈部分が見られ、なかでも分杭峠付近は地底から絶えず地磁気や放射線が不定期に放出される特殊な場所となつている。1995年7月、この長谷村に中国湖北省の蓮花山を拠点にする著名な気功師・張志禅師(元極学家元) が招かれた際、と指摘されたのが、分杭峠であった。

谷村では「気の里」構想を打ち出し、「日本にも蓮花山に匹敵するすごい場所がある」この特殊な「気」の場所を活用するために、長めの瞑想室(特別研修室) を備えた研修施設「入野や谷・南アルブス生涯学習センター」を開設するなど、一風変わった地域おこしに取り組んでいる。

長谷村にはまた、上伊那森林組合長谷支所があって、古くから食品工場を持っており、山の幸を用いた山菜の佃煮や漬物、手づくりのアイスクリームなどをつくつている。あるいは草餅などに使用する冷凍のヨモギは、地元の小学生と老人たちが協力して集めており、村ぐるみで地域おこしが行われている。

そんな地域おこしのラインナップに、新たに加わったのがが無農薬自然栽培米でつくつた玄米スープに、ニンニクの有効成分・スコルヂニンを入れて、麹で発酵させた健康飲料である。

合成保存料、防腐剤など、一切の添加物を使わないナチュラルな健康食品つくりにこだわる創玄村では、スコルヂニンも無農薬有機栽培のニンニクから抽出したものを使用するべく準備中。つくる人も買う人も飲む人も、すべてが「ありがとうございます」という感謝の気持ちになつてもらえたらという願いが込められている。

したがって、大切な材料はすべて無駄にしない。玄米スープの液体分は健康飲料に、いろいろ使い道のある固形分からは、玄米ハンバーグやせんへい玄米煎餅などをつくつて、自然食店やチェーン店などで販売する。これ以外にも熟成ニンニクエキスを添加したハーブオイルなど、地域おこしのための構想を思案中。

野菜のようにたべられる

青森産ニンニクの日本一はいろいろあるが「大玉にんにく日本こを謳っているのが、十和田市の東にある六戸町。豪雪の青森県でも雪が少なく、比較的ヤマセの影響が少ない六戸町の気候風土は良質のニンニクを栽培するのに適しているということか、六戸町のニンニクは発育がいい。
そのため「にんにく大玉研究会」なる組織も結成されている。六戸町では「パワー(8) ニンニク( 空」という語呂合わせから8月29日を「にんにくの日」に制定。にんにくの品質を競う「にんにく品質・大玉奨励会」を開催するなど、大玉ニンニク生産量で日本一を誇る六戸町ならではの催しもある。

この六戸町には、やはり土づくりに力を入れ、堆肥とミネラル分を惜しみなく補給し、匂いが少なく野菜感覚で食べられるニンニクの開発に取り組んできた生産者グループ「ろくのへミネラルファームズ」がある。

「大玉にするだけではあまり意味がない」という同グループの代表は「野菜博士」・の異名を持つ専門家 の指導を仰ぎ、自分たちが納得できる「本物のニンニクづくり」に取り組んできた。

というのも、一般に売られているニンニクは「生または火を通したものでも、1日少量を食べればいい」といわれているように、食べ過ぎると口臭のもとになるばかりか、胃もたれや下痢の原因になるとされている。

これはニンニクの中の硝酸態窒素(NO3) 浪度が2000~4000ppm以上と高いため。

人には好き嫌いがあって、アルコール好きの人がいれば、煙草好きの人もいる、甘い菓子が好きな人もいる。彼らに好きなもの以外のものを勧めても、あまり飲んだり食べたりしないし、決して喜ばれない。実は、それは農作物についても同様というわ考え。

ニンニクは独自のミネラルの吸収力が非常に強い作物の1つといわれているが、ろくのヘミネラルファームズでは、通常のニンニクが化学肥料を主体に窒素過多の状態でつくられるのに対して、有機発酵肥料(なたね粕・大豆粕・魚粕・血粉・骨粉など) を独自に組み合わせ、土にミネラル(マンガン・鉄・銅・亜鉛・マグネシウム・ホウ素・モリブデン) を補給し、さらに海の恵みである海藻を施すことによって「食後の匂いの気にならないニンニク」をつくることに成功。

収穫量も増えて品質も向上し、硝酸態窒素濃度ゼロに近い状態で、糖度40度(通常は28~32度) という「野菜感覚で食べられる」ニンニクを実現したのである。同じ青森県のニンニク、あるいはニンニク日本一でも様々に工夫している。

マイルドにんにく

元祖とも言うべきニンニク生産日本一の田子町の前に、実際の生産量日本一である十和田市はやや影が薄くなってしまった。むしろ、独自の展開を図ることによって、田子町とともに注目されているのが天間林村かもしれない。

JA東北天間(天間林村農協) では増え始めた中国産ニンニクに対抗しようと、1991年に3億円ものお金をかけて、通年出荷できるガス貯蔵倉庫を設置。翌93年には、特別な真空処理を施し、食後に匂いがほとんど残らないニンニクを開発した。
それが「MILD229(マイルドニンニク)」である。

田子町ほどの種類はないが、「しよう油漬にんにく」のほか、「にんにく鶏みそ」、卵黄と混ぜた粉末の「黄金」などマイルドニンニクを使ったユニークな加工品をつくつている。もともと天間林村農協がマイルドニンニ クを手がけるようになったのは、仙台の健康食品研究家・阿部氏が天間林村農協を訪ねたのがきっかけになった。

天間林村は夏はヤマセ(山背風) が吹く冷涼地帯という厳しい気象条件と、減反による水田の減少を逆手に取って、稲作からニンニクの栽培に力を注いできた。しかし、安い中国産が出回り始めると、売上げが低迷。

天間林村のニンニクが中国産に対抗し、市場で生き残っていくには、ほかとちがう何か特徴が欲しいと悩んでいた。そこに現れたのが、健康食品研究家であった。彼は塩のアク抜きの話を持ち出して、この塩のアク抜き機械にニンニクを入れて処理すると、食後の匂いが残らないニンニクになるというのである。「確かにニンニクが嫌われる一番の理由は匂いである。もし、女性や営業マン、匂いの気になる人や苦手な人でも食べられるニンニクができれば、これは売り物になる」というのである

ニンニクの将来を考えれば、天間林村独自の付加価値がどうしても必要であったからだ。マイルドニンニクは、円錐を上下合わせたような高さ180cmほどのステンレス製タンクにニンニクを入れて、一瞬の真空処理を施すことで、風味は普通のニンニクと変わらないが、昧はややまろやかになる。

肝心の食後はどうか。実験のために、家族には黙って、毎日、このニンニクを食べて帰宅した。彼は刺身にすり下ろしたニンニクをつけて食べるほどのニンニク好きだが、家族は食べた後の匂いが嫌だといって、いつもは逃げ回る。その家族が逃げ回らなかった。

それで自信を得た彼に、農協の婦人部が協力。処理ニンニクと普通のニンニクを食べた5人ずつを、口臭測定器にかけるという実験を実施。結果は測定するまでもなかった。

こうしてできあがったのがマイルドニンニクであった。自らセールスに出て、マイルドニンニクの良さを説明して歩いた。初めは半信半疑だった問屋や老舗のレストランが興味を示し、やがて扱ってくれるようになった。いまでは、中国産のニンニクと並んで、ちょっとしたスーパーには置いてある。加工品の中では「しょう油漬にんにく」と「にんにくスライス」が好評ということだが、特に生産地でとれたてのニンニクを特殊な漬け方で作る「しょう抽漬にんにく」は、2年ほど寝かせることもあって、品不足になってしまった。

天間林村農協で開催した「1997年産ニンニク出荷講習会」では、「ニンニクが病原性大腸菌0o-157を退治する」と題する講演を行い、ニンニクの抗菌作用に関する興味深い実験結果を紹介している。こうした一連の情報天間林村ではニンニクおよびマイルドニンニクに関する積極的なPRと情報提供を行っている。

日本人にあまり好まれないのは「臭い」のせい?無臭ニンニク

夏はハワイで過ごすとか、お正月はグアムで過ごすとか、ブランドモノは海外で購入するなど、海外旅行の増加と大衆化、イタメシや焼き肉、エスニック料理ブームの中で、最近の日本人はひと昔前に比べれば、ニンニクをたくさん食べるようになった。
だが、いまだその消費量は外国に比べてはるかに少ない。

ちなみに日本人が1年間に食べるニンニクの量は、1人当たりおよそ330グラム(3~4個)と非常に少ない。一方、もっともニンニクを食べていると思われる、お隣りの韓国では8キロ(およそ100個) と日本の約25倍である。

日本での消費量が少ない一番の理由は、食べた後の匂いが嫌われること。ニンニクを多く食べる韓国では、生きた酵母が入っているマッカリ酒(韓国産にごり酒) を飲む習慣があるが、このマッカリ酒にはニンニクの匂いを消す効果があることがわかっている。
また、欧米では料理にハーブを使うことによって、匂いを消すなどの工夫がされている。食後の消臭法ばかりではなく、ニンニクそのものを無臭にできないかといった無臭ニンニクづくりも、様々な方法によって試みられてきた。
日本でもせっかくおいしいニンニクをもっと広げるには食べた後の臭い消しまでを考えて料理すればいいのかもしれない。

いわゆる無臭ニンニクとは、どのようなものなのか。スーパーやドラッグストアのショーケースには「無臭ニンニク」と銘打ったさまざまな商品が並んでいるように、その定義が正式にあるというわけではない。そもそもニンニク自体、「何を基準にすべきなのか」が問題とされ、ニンニクの栄養補助食品の規格づくりを行っている場所でも、含有されているどの成分を基準にするのか、アリウム・サティバム属に限定するのかなどなど、長い間、論議が続いてきたぐらいである。

いわゆる「無臭ニンニク」と称するものには、次の5種類に分類される。

  1. 生物学的方法によるもの。ニンニクの栽培方法を工夫し、食後の無臭化を実現しているもの(ろくのヘミネラルファームズのニンニクなど)。
  2. 化学的方法によるもの。ニンニクを収穫後、酵素やハーブなどを用いて、無臭化処理し、食後の匂いを消す(ドクターサカイガーリック、マイルドニンニク、ハーブニンニクなど)。
  3. 物理的方法によるもの。加熱処理などによるほか、糖衣錠やカプセル、油膜などに閉じ込め、無臭化しているもの。
  4. 感覚的方法によるもの。ほかの特徴のある香りや強い匂いでマスキング(包み込む)することで匂わないようにするもの
  5. 品種改良により、ニンニクそのものを無臭化したもの(大粒無臭性ニンニク)。

このうち5の大粒無臭性ニンニクに関しては、諸説あり、まったくニンニク臭がなく、タマネギの仲間ではないかという指摘も。

ニンニクの日本一の産地は青森県

ニンニクの日本一の産地は青森県である。全国の生産量のおよそ80%も占めているだけに、ニンニクに関する「日本一」が多数ある。生産量に関する日本一は青森県十和田市。非常に農業が盛んな場所で根菜を中心にたくさんの野菜が生産されている。
その中でもにんにくの大産地なで日本ナンバーワン。

さらに2番目が上北郡天間林村、三番日が三戸郡田子町という順番。

ところが、実際には田子町が「日本一のニンニク産地」として覚えてしまった人も多い。田子町は青森の最南端に位置し、奥羽山脈の山懐にある典型的な山間地である。冬ともなれば、山から吹きつける風と雪のため、農作物はほとんど育たない。冬は炭焼きでもするしかなく、1950年代までは林業と酪農でしのいでいたという過酷で貧しい土地柄であった。

その田子町が県内でいち早くニンニクの生産に乗り出したのは、1962年(昭和37年) のこと。きっかけは石炭から石油の時代を迎えて、それまでの現金収入の道が断たれた。炭焼きの代わりにリンゴを栽培するか、出稼ぎに出るか、町の先行きが危ぶまれる中、田子町の北東にある福地村ではニンニクの栽培が盛んで、それなりに生活の糧となっていることを知ったためである

青森の「福地ホワイト六片」を原料にした「やわたの熟成にんにく卵黄」なども元気がないときの定番商品として多くの方が利用。

福地ホワイト六片種とは、福地村で突然変異によって生まれたもので、特徴は名前の通り、白くて大きな6つの粒になつており、いまでは品質の良さで日本のニンニクの代表的な存在になっているもの。

それまで田子町では畑の脇に自生のにんにくが生えている程度だったのだが、この福地ホワイト六片種を田子町の農家がこぞって栽培した結果、ついに77年には生産量日本一に輝いている。以来、ニンニクを地域おこしの目玉にしてきただけに、町の至るところにそれにまつわるものが目に入る。

例えば橋の欄干にはニンニクをかたどったものが乗っかっているし、街灯のかさがニンニクの形をしていたりとまさに「にんにく県」でもある。

日本一のニンニク生産地として、アメリカのギルロイ、イタリアのモンティセリ、ソサン韓国の瑞山など、世界のニンニク産地と姉妹都市にもなっている。毎年10月には「にんにくとべこまつり」が開催されているも。

ギルロイのガーリッククイーン、たっこガーリックレディーによる「ミス撮影会」、「にんにくつかみ取り大会」など、様々なイベントが行われている。この祭りの会場が大黒森のドームといった具合である。

日本一の産地としてマスコミにも、度々登場。90年には「にんにくラーメン」「にんにくワイン」「にんにく石鹸」「入浴剤(にんにく入り)」などの加工品やお土産などを集めた「ガーリックセンター」がオープン。
ニンニク資料館やニンニクラーメンが売り物のレストラン「ギルロイカフェ」が併設されている。

また、田子町では独自の研究も行っており、例えば1週間にニンニクをたくさん食べるグループと、まったく食べないグループに分かれて、体力を競い合ったり、牛の飼料にニンニクを入れて、風邪を引く率を調査したりしている。結果はもちろん、ニンニク派が圧勝。ニンニク生産量では、田子町は過疎化、生産者の高齢化、中国産ニンニクの輸入量の増加などが重なって、日本一の座を十和田市に譲っているのだが、いまも実質的な日本一として、海外との文化交流、シンポジウムの開催などを通して、ニンニク文化の発信基地として活躍。